僕自身、普段お宮参りの撮影をやっていて感じることがあって、それは、、、
- なぜ多くの人は「伝統」というものを大事にしているのか?
- もしくは、なぜ「伝統」にとらわれているのか?
ということ。

例えば、お宮参りでは多くの人が産着を着て参拝をします。
その方々の多くは、
「お宮参りとはそういうもの」
「みんながそうしてるから」
という考えのもとでそうしてる。

一方、それとは逆に、
「伝統なんて関係ない」
「産着なんていらない」
「自分達らしいお宮参りにしたい」
と考える人もいる。
そういう方の多くは、伝統や周りの目を気にしない、固定概念にとらわれない思考を持っていると感じる。
なぜ多くの人は、価値観よりも「伝統」や「多数派と同じ行動」を優先するのか?僕が普段感じてる素朴な疑問を深堀してみようと思います。
お宮参りは「そうしなけばいけない」という固定概念

調べてみると、日本では伝統や習慣を重んじ文化が強く根付いていて、それが「そうしなければならない」という固定概念につながるらしい。
お宮参りで産着を使うという習慣においても、多くの人は深く考えずに「伝統だから」という理由でそれを受け入れているんだそう。
確かに伝統は「安心感」を与えるものというのもすごい良くわかる。
「みんながやっているから間違いない」
という心理的な安全を求めると、自然と「伝統」通りの行動をする。
また、「恥を避ける」という心理にも大きく関わっているらしい。周りと同じ行動をとることで、「目立たない」ことを最優先する心理が働く。
伝統や習慣通りに行動することが「空気を読む」行動になり、それが「正しさ」と考える人も多いようです。
結果として、自分の価値観、意思よりも、周囲に合わせることを優先する人が多くなっているんじゃないと感じます。
「伝統は関係ない」と考える人の思考

「産着はなくてもいい」
「服装はカジュアルでいい」
「自分達らしいカタチでお宮参りをしたい」
っていう僕と同じ考えをする人も、実際にたくさんいる。
やっぱり産着を用意するにしても、レンタルなどで数万円はかかるし、使用するのも神社にいる間の数十分程度。金銭的、時間的に負担と感じる人もいる。
本質的に考えると、
「重要なのは家族の健康や幸せであって、形式ではない」
っていう合理的な考え方をする人が多いんじゃないかと思う。
僕もそうだけど、「自分達らしさ」や「価値観」を大事にしている人は、「他の家族と同じである必要はない」という強い意志を持って生きている。
結論:「伝統」と「自由」どちらも強い意志

「伝統通りにするか?それとも自分たちのやり方を大切にするか?」
という問いに、正解はないと思う。
どちらを大事に考えるかは、家族の価値観次第だし、どちらにおいても「こうしたい」という強い意志。
服装においても、スーツ姿、着物姿で来られる人もいるし、カジュアルよりなフォーマル、短パンTシャツで来られる人だっている。
ちなみに僕は、短パンTシャツ姿の人は大好き。常識はどうでもよく。「自分」という強い意志を持っている人が好きだから。
伝統の形式にとらわれすぎず、
「何のためにお宮参りをするのか?」
という本質的な目的を考えて行動すると、周りの目は全く気にならなくなるんじゃないと思います。
伝統は大事。でもそれに縛られることはない。本質を見極めながらも、自分達なりの考え、やり方で、伝統と向き合うのが大事なんだと思います。
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あらしまともき 1982年愛知県知多郡生まれ




