もう 10 年以上前の話ですが、
僕は料理人を辞めたいと真剣に思ったことがあります。
毎日、シェフや先輩から罵声や暴力の嵐…
「もう辞めたい…」
心底そう思いました。
ご飯も喉を通らず、夜も寝れない…。
「もう朝なんか来るな!」と思っても必ず朝になり仕事が始まる。
そして、また罵声、罵声…。
全く楽しくありませんでした。
身も心もボロボロの状態でした… もう完全ギブアップです。
次の日、僕は意を決してシェフに言いました。
「もう辞めたいです」
シェフは、表情一つ変えずいたって冷静でした。
「明日、お前の誕生日だろ?お祝いのケーキを用意してある。辞めるならそれを食べてから辞めろ!」
そう言われました。
僕は、あまりにも精神的に追い詰められていたため、
自分の誕生日のことすら忘れていました。
そして次の日。
シェフが僕に作ってくれたケーキは『ピティビエ』。
「これを食べたら辞められる…」、そんな状態でした。
「一時も早くこの場から去りたい…」、
心底そう思っていました。
しかし….
一口食べてその浅はかな思いがすっ飛びました。
なぜなら、そのピティビエがあまりにも美味しくて…美味しくて…
無我夢中で食べました。
気がつくと、お皿に残ったソースまできれいに完食していました。
「このケーキ、どうやって作るんですか?」
気がつくと、シェフにそう質問していました。
『お前、辞めるんじゃなかったのか?』
『え、あ、はい、えっと。。。』完全に動揺する私に、
『俺もお前と全く同じ道を歩んできた、お前の気持ちは痛いほど分かる、
大丈夫だ!お前ならできる!
あの時、ピティビエを食べなかったら、料理人を辞めていたと思います。
シェフは僕の何もかもをお見通しだったのだと思います。
もう 10 年以上前の話ですが、
今では僕の人生の大きな宝物です。
多くの人に僕の作るピティビエを味わってもらいたい。